継続は力なり。
この言葉は真理だと思います。
諦めが肝心。
この言葉も真理だと思います。
両者は相反する言葉です。
なのに両方とも真理。
このあたりが言葉の面白さであり難しさでもあるのですが、いずれにしても、今自分が置かれている環境や目の前の事象について、どちらの言葉が適切かということを正しく見極めることが人生において大切だと思います。
私は自分で我慢強い人間だと思っています。
仕事を始め、様々なことについて「継続は力なり」を実践してきたと自負しています。
一方で、初めての就職時、そして、初めての転職時では、「諦めが肝心」という言葉を拠り所とした意思決定をしてきました。
「これ以上継続したところで何も実ることはない」との考えが直感的に働いたからです。
真剣になって何かの継続を実践してきたからこそ、その継続はこれ以上意味をなさないと見極めることができたと思っています。
私は新卒入社予定だった会社を入社1カ月前に内定辞退しました。
転職の際は20年働いた会社を何の未練もなく退職しました。
その時のエピソードを2回に分けて記します。
今回は1回目です。
新卒入社時のすったもんだ編です。
新卒時の内定を土壇場で辞退した
かれこれ20年ほど前のことです。
私は新卒時に入社する予定だった会社の内定を辞退しました。
しかも入社1カ月前のことです。
日本最大手外食企業に内定し店舗でバイトする

私は日本最大手の外食企業から内定をもらい、大学卒業と同時にその企業に入社する予定でした。
当時、その企業は内定者に対し、入社半年前から店舗でバイトすることを義務付けており、私も住居近くの店舗でバイトすることになりました。
私は根がまじめな性格であり、不器用ながらも懸命にオペレーションを理解し、一日でも早く店舗運営に貢献するよう努めていました。
また、バイトを通してその企業の正社員の方とも話をする機会が多々ありました。
そして、正社員の方々との話を通じて、徐々にその企業の考え方に疑問を持つようになりました。
疑問というより不安と言った方が適切だったかもしれません。
「長時間のサービス残業や休日出勤はしかるべきだ。自分の能力が欠落しているから、本来なら定時に終わる仕事を終わらせることができないのだ。すべて自分に責任がある」と正社員の方々は平然と言ってのけるのです。
完全に洗脳されてるかのようでした。
入社1カ月前に内定辞退

迷惑をかけてしまった
「本当にこの会社に入社してもいいのか?」と私は2~3ヶ月悩みました。
結果、入社1カ月前に内定辞退を申し出ました。
心身が壊れる可能性が高い労働環境の中でも、継続すれば実となり花となることを信じてこの企業に勤めるべきのか、はたまた、異常なまでの長時間労働が常態化している実態を入社前に知ることができたことを幸運だと思い「諦めが肝心」と入社を取りやめるべきか。
私は自分の直感を信じ、内定を辞退を選択しました。
内定承諾後、5カ月間店舗アルバイトを愚直に継続したからこそ、「諦め」という意思決定が最適解だと導き出せたのだと思っています。
人生に「たられば」はありません。
この時、某外食企業にそのまま入社していたら、と考えるのは無益です。
ただし、「諦め」の意思決定を下したことを何一つ後悔していません。
就職氷河期に二度目の就活

もう一度、就職活動のやり直しです。
当時は大学3年生の10月頃から就職活動をスタートしており、私の2度目の就職活動は5カ月遅れの翌年3月からとなってしまいました。
相当のハンディキャップを背負ってのやり直しです。
しかも、既卒はハンディになると思ったので、もう一度新卒での就職活動という形にするため、ゼミの担当教授に頼み込み、強引に留年させてもらいました。
私は氷河期世代です。
就職氷河期は本当に苦しいものでした。
1年前に日本最大手の外食企業に内定をもらった時も、50社ほどエントリーして唯一の内定でした。
それほど苦しい就職活動をもう一度やるのか、と思えば気が滅入りそうになりましたが、「その企業に入社してしまえば人生を棒に振る」という直感を信じたのです。
私は自分の感性は鋭いと思っています。
ですので、自分の感性に従うことにしたのです。
二度目の就職活動も想定通り大変困難を極めました。
幸いにもある1社から内定をいただき、その企業に入社しましたが、2度目の就活も50社ほどエントリーしていました。
その企業では、20年間働くことができました。おそらく内定を辞退した最大手外食企業だと1年持ったかどうかだと思うので、新卒当時の「諦めが肝心」という直感はそれなりに冴えていたのではないかと思っています。
次回、第二回目は転職時のエピソードです。
転職活動に至るきっかけとは。その見極めどころを記します。
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